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月別アーカイブ: 5月 2009

浜田裕介をグーグルで検索すると、
なんやかやで3000以上はヒットする。

実は僕が音楽を再開するきっかけになったのは、

音楽を辞めてた時期に、自分の名前をググって、

思いの外多くヒットして、その一人一人の僕の音楽への思いの強さに感動したのが大きい。

とはいえ、その当時で(2003年頃?)200前後のヒット数だったように思う。

そう考えると、5年余りで、

ヒット数が10倍を越え、ウィキやYouTubeにも載るようになったのは、

やっぱり感慨深い。

で、そうなってくると、

結構、懐かしい人達が僕の名前で検索して、

HPにたどり着いて、コンタクトを取ってくれることもたまにあったりする。

そんな、うれしいメールが、昨日届いた。

僕は大学を卒業した後も、結構頻繁に母校に遊びに行ってて、

サークルの後輩をバックバンドに使ってたりしてた。

その中のキーボードの中島君(通称じんま)がとぼけたやつで、

とにかく、おっとりしてて、そのクセ毒舌で、

で、何より、子どもの頃からエレクトーンをやってた関係で、

キーボードの腕がなかなkで、

僕は彼を気に入って、あちこちよく連れ歩いてた。

当時の曲、「雨の日のステラ」や「December Fool」「Hard Rain」「Missing Link」

「冬の動物園」「最初で最後のPrivate Moon」あたりは、

彼と二人で制作した曲達だ。

ただ、音楽に於いてはかなりシビアで、わがままだった僕は、

彼を信頼してるがゆえに、いつしかとても高いハードルを彼に科すようになってた。

そして、’92年のある日、彼は僕の部屋に書き置きを残して、
僕の元から離れた。

当時、僕の元には、

僕を慕ってくれて、少なくない数の若いミュージシャン達が集まってくれた。

でも、そのほとんどが、僕のわがままな性格と、厳しい態度に耐えられず、

僕から離れたり、音楽をやめていった。

そのことは、僕にとっては、
今でも、鈍い痛みとして残ってる。

昨日届いたメールは、

そんな中でも、とりわけ印象深い、

じんまからのものだった。

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お名前 : じんま

Message : 今晩は。お久しぶりです。誰だか分りますか?
色んな検索していたら、浜田さんのHPに辿り着きました。浜田さんに出会ったのが、もう約20年前ですね。そんな僕も先月39歳になりました。いいおじさんです。大学時代が懐かしく思われます。でも、置手紙だけ部屋に残して、さよならしてしまった事は、本当にごめんなさい。HPを見て、頑張っているんだなぁって感じました。浜田さんの曲、いっぱい好きです。コード進行とかも、ツボにはまっていた事を思い出しました。色々変な事書いてすみませんでした。遠い田舎から影ながら応援してます。頑張って下さい。

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その後届いた次のメールでは、

二人で演奏したいろんな町でのライブの思い出や、

二人で車で旅行した津山~四国旅行の思い出なんかが書かれてた。

初めてギターを買って30年。

初めてライブハウスに出演して25年。

たいした長さでもないかもしれないけど、

それなりにいろんなことがあって、

いろんな出会いも、いろんな別れもあった。

そして、現在進行形で、

その出逢いと別れは続いている。

願わくは、「別れ」より一つでも多く「出逢い」があればいいと思う。

だけど、僕は表現者の端くれ、

自分の想いを曲げてまで、誰かを引き止めるわけにはいかない。

ただ、一度は離れた線路も、その先の何処かの町で、

再び交わることもきっとあるだろう。

そう、僕が歌い続けてさえいれば。

なんとなく、じんまからのメールを読んで、

そんな風なことを考えた。

じんま、ありがとう。

せっかくまた繋がった縁です。

これからもよろしく。

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少し期間を広げると、 

4月19日 土佐清水「桜祭り」

4月20日 高知市「歌小屋の二階」

4月25日 西土佐「四万十楽舎」

4月30日 四万十市「メーデー前夜祭」

5月2日  京都「都雅都雅」

5月3日  神戸「サンド」

5月5日  土佐清水「海瘉」

5月6日  高知市「X-pt」

多分、これまでの人生で、もっともスケジュールの詰まった2週間余り。

中でも、最後の1週間は、

ライブが5日と、残りの2日は移動。

45歳を目前にしての、この無謀とも思える挑戦。

どうやら、無事生還できた。

中でも2日の京都~6日の高知までの5日間は、

本当に貴重な体験になった。

2日の京都。

会場はかつてのホームグラウンド「都雅都雅」

爆風スランプのベーシストBBQ和佐田さんが主催のイベント。

知名度ではなく、彼が本当に一流だと認めたミュージシャンによる、
夢の共演。

そこに、僕のような負け犬を選んでくれた彼の勇気と心意気に、

僕は心から感謝を送る。

「都雅都雅」という、関西でもトップクラスのステージ。

その上で繰り広げられた緊張感に満ちた最高のパフォーマンス。

かつて僕も、あそこに、あの高さにいた。

しかし、逃げ出した。

いろんな理由はあったけど、要は怖かったんだ。

あの緊張感が。あのレベルが。

しかし、その日、

嘔吐するほどの緊張感の中、僕の心は喜びに震えてた。

僕は、やっと戻って来たことを実感した。

僕が、戦場に戻った日。

奇しくも、清志郎さんが戦場を去った日でもあった。

そして、GWツアーの最後を飾る6日。

場所は高知が誇るライブハウス「X-pt」

これも和佐田さん主催の一連のイベントの千秋楽。

2日の京都は、ある意味プレッシャーに打ち勝つのに精一杯だったけど、

この日は冷静に勝負に行けた。

正直、リハの時点ではコンディションは最悪。

このハードスケジュールじゃ、それも無理は無い。

それでも僕は本番までの4時間で、
これまでの経験で培ったノウハウを駆使して、コンディションを整えることに務めた。

そして、その時は来た、

客席は満員、後ろの方にはかなりの立ち見客。

それぞれがお目当ての一流ミュージシャンを追いかけて、

全国各地から訪れてる。

僕は、その時点で、最も無名なミュージシャン。

でも、望むところだ。

1、ヴェルベット・ムーンにくちづけ

最後のAm9を弾き終えた瞬間、
空気は完全に変わった。
5分前のアウェーの空気はもうない。

2、ぶるー

3、水中写真

の新曲2曲を終わった頃には、完全に主導権は握れた。

そして、この日のメインディッシュ

4、4th of June

この日の主催者、和佐田さんが最も好きだと言ってくれた曲。

10年前彼のFMの番組で、
「この曲10分ぐらいある曲なんですが、削る場所はありません。全部かけないと意味がないので、今夜は全部かけます。」

海のものとも山のものともわからない無名のシンガーの曲を、
彼はそう言ってフルサイズでかけてくれた。

僕は今回の話が来た時、この曲を演奏することをすでに決めてた。

そして、現在出来うる最高のパフォーマンスが出来た。

こうなると、後は落ち着いてクローズに向かうだけ。

5、夜を見てた

ステージを降りる時、

最も無名なミュージシャンは、

最も無名だけど、意外にやるミュージシャンに変わってた。(笑)

一晩経って、

興奮は醒め、

僕は今、次のことを考えてる。

すでに、

5月29日  愛知県大府市でのJazzバンド「jaja」

5月30日  高知市「歌小屋の二階」での矢野絢子

6月5日6日  京都「PARKER HOUSE ROLL」

土佐清水「海瘉」での小山卓治

7月13日  高知市「RING」でのリクオ、山口洋

という、とんでもないミュージシャンたちとの共演が待ってる。

正直、怖さはある。

でも、それ以上に、

そこを通り過ぎた後にどんな景色が見えるのか?

それが楽しみでたまらない。

今回、僕にチャンスを与えてくれて、こんな気持ちを思い出させてくれた、
BBQ和佐田さんこと、和佐田達彦さん。

そして、僕のような無名ミュージシャンを、何の垣根もなく受け入れてくれた共演者の方々。

そして何よりも、会場に足を運んでくれたお客さん。

心から感謝してます。

ほんの少しでも、その思いに応えるため、

また、新しい旅に出ます。

夏以降も、どんどんいろんな場所に行くつもりです。

近くの町に行った時には、是非、会いに来て下さい。

それでは、3週間ほど、ライブは休ませていただきます。

充電後のリフレッシュした浜田を楽しみにしてて下さい。